Artist's commentary
結晶と迷い人:サヤハと、クオウとハサヤ
クオウとハサヤは普通の街人だった。その血に高貴を遺伝させながら慎ましやかに暮らしていた。
淡々と、何かの罪を償うでもなく、淡々と日々を過ごしていた。
二人がちょうど成人したくらいのとき、二人は出会い恋をした。それだけの事だった。
それだけが彼らの世界を明るく照らし出した。
「私はきっと、貴方に会うために生まれて来た」
ハサヤは目を輝かせた目を伏せてクオウに言う。ハサヤのその顔には幸せに溢れかえるような笑みが湛えられていた。
「きっとそうだ」
クオウは微笑み、ハサヤにキスをした。それだけの事で幸せだったのだ。
その幸せが崩れさったのはすぐだった。ハサヤはその特異な遺伝した体質から実験体に選ばれてしまった。
クオウの反対も無駄だった。ハサヤを奪っていった研究者、サイスという男は言った。
「貴方がハサヤ様を女性として抱き、繋がった。それから全ては動き出してしまったのです。
貴方のご両親も切望したことでしょう。ハサヤ様のご両親もなおの事、この実験の成就を。クリスタルセルを完成させることを。
貴方も追い求めていたのではないのですか?」
クオウは怯んだ。まだ健在だった両親から聞かされた結晶の王の話を思い出した。それは呪いのようなものだ。
クオウはハサヤをそれで永遠に出来るものならと、口を噤み、ハサヤはそのクオウの姿を静かに見つめながら
サイスに手を引かれて、連れて行かれた。
結晶を代々成就させようとしてきた貴族の遠い血縁であるから故に、その姫であるハサヤは生贄になったのだ。
薬と、度重なる実験の餌食に。
ハサヤは精神も、体も壊され、ただ一つクオウのことは覚えていることができた。
「クオウ・・クオウ・・どこ?」
ハサヤはつぶやいても無駄だった。クオウがハサヤを見たのはハサヤが壊れてしまった後だった。
ハサヤはガラスの容器の中で折れそうな足を抱えて、虚ろに青い目を向けていた。
「こんなのは違う!」
クオウは誰に言うともなく、錯乱し、ハサヤをガラスから引っ張り出して殺めた。
氷の刃で引き裂くように。体に宿った氷の魔法を今一度呼び覚まし、ハサヤを殺めた。
「こんなはずじゃなかったのに」
ふと、クオウは目の前に結晶のように可愛い少女の姿があるのに気づいた。
「本当にそっくりだな。俺の愛する人に」
クオウはハサヤがもう少し幼くなったような少女の顔に見覚えがあった。今殺した人が目の前にいる。
そんな錯覚がした。
「ハサヤ・・?」
「違う。でもお前が呼ぶから、どうしても引き寄せられてしまった。可愛いフクオウ」
少女は恋人を見るような目でクオウをいとおしそうに見つめた。
「俺はクオウ。そんな名じゃない」
「分かってる。俺はどこの時間、空間にもはみ出るほど大きくなりすぎた。その一つをお前が呼んだんだろ?」
「呼んではいない。貴方がそこに現れた!貴方は俺を罰したいとおもっている。そうだろう?」
「罰する?ああ、お前の【俺】のことか。・・・残念だった。可哀想に」
少女はハサヤの事を見ていたようなことを言う。クオウは必死になる。
「知ってるのか?」
「知ってるさ。俺はまた、彼女でもある。でも彼女は俺じゃないからな・・」
「何を言ってるんだ・・・でも、俺は彼女をまた取り戻したいと思った・・・」
少女は少し考えたあと跪くクオウの頭に手をのせて言った。
「俺の力を少し分けてお前に永遠を歩かせてやる。そうして彼女をもう一度見つけて会えばいい。簡単なことじゃない。気が狂うほど
苦しい。永遠という空間を生きてなんども探す。時間が空間になる。空間が時間に・・・永遠にさ迷うかもしれない。それでも?」
「・・・・それでも。俺は永遠という牢獄の中でもう一度彼女を救い出したい!」
クオウはまるでわかっていなかったが、直感的にハサヤをもう一度救い出せる可能性を先に見ることが出来た。
とても遠いところ、遠い時間にあることを。
「分かった。俺はいつでもここにいるから。折れそうになったらまた孤独の相手をしてくれないか?愛するフクオウ」
「違う。俺はクオウだよ、小さなハサヤ」
「俺はサヤハだ。大きくなりすぎた結晶、サヤハ」
クオウは旅人になった。時間を広さとして体感できる特異な旅人に。なんども違う場所を行き来して亡くしたものを
探すために。時間・空間に干渉するほど大きな質量をもった結晶に呪われて、クオウはハサヤを探す旅に出た。
「お前はこんなに変わってしまったのか・・旅はつらいものだったのか」
サヤハはクオウの頭を撫でる。クオウはすっかり疲れきって空っぽのようになっている。
「それでも行くのはわかってる。俺はお前の【俺】じゃないし、お前は俺の【お前】じゃない。俺は【お前】を永遠から
探そうとはしなかった。はみ出た結晶の俺なら出来たかもしれない。でも俺にとっての【お前】は確かに弔ったんだ。俺には出来なかった。
でもお前はそれをやろうとしている。再びめぐり合うことを。」
サヤハは目を伏せて過去に思いを巡らせる。墓の下に眠る美しい人を。目の前にいる男にそっくりの人を。
「そうだ・・・必ず、今度は俺は彼女を救ってみせる。」
クオウは食い縛りすぎて傷だらけになった口を黒衣のマスクで隠しながらとぼとぼと旅を続けた。
全てを溶かす雨の降る世界だった。王は隻眼であり、その隻眼は結晶であった。
結晶の目は結晶を見た。少女の姿のそれを。王はそれを欲しがり、それを手元に置こうとした。
愛玩するための動物として。両方で違う目の色を持った姫を飾り物にした。
王は既に発狂していたのだった。