
Artist's commentary
FGO 魔窟のカルデア 【葛飾北斎】
「いよぅ、いいところに来たね ますたあ、ちょいと被写体にでもなっておくれよ。
なんなら俺を描いてみるかい?
それとも…俺に―、描いてみるかい?」
そう言って彼女は ふわ と着物を開き、両肩を見せてきた。目を剝いた。
豪快に首筋から乳房の駆けあがりにかけて一本の墨が走る。「ほらもう汚れたし、気兼ねなく描いとくれ」そんな気遣いなのだろう。半球体に食い込みたわむ筆の先が、互いの柔らかさを物語る。
瑞々しく光沢を放つ墨の漆黒が部屋の明かりを反射し、そこから一筋、そのお餅めいたふくらみの形に沿って垂れた枝分かれの滴が、淫靡な体液を連想させた。
「絵の具の色は、問わないぜ…?」
彼女はこちらの様子からすべきことを察してか、気分良さそうに微笑み、囁きながらこちらにまた一歩踏みよってきt
どんなウス=異本の導入だ!
這いよる誘惑を理性で押しのけ、ぶんと顔をよそへ向けた。
「アッハハハハハ!大丈夫だっての~」
糸が切れた浄瑠璃のように、彼女は突然腹をかかえて笑いはじめた。アーおかしい、と。
「俺の、貝の小柱はほうら、とと様ガードしてるからさあ」
よく見ると乳房の先端付近は、器用にもそこだけ黒く覆われ、いつかの突起が襟のごとく突き出していた。
それはそれで良くない気もするが、彼女としてはまったく問題ないらしい。
そんなこんなで、ここに立ち寄るたび3回に1回はこのようないたずらをけしかけられるのが最近の悩みだった。
こちらはお栄さんたちの部屋に定期的に見回りに来ているだけなのに…
「いあいあ~感謝してるんだぜ?うちらだけじゃ散らかす一方だから、あんたみたいにちょくちょく来て片してくれるのがいると大助かりだ。これはほんの礼、さあびすってやつだよ。ますたあ殿?」
転居すること93回、ひどい日には一日3回は引っ越したと言われる北斎の伝説は、まさにその生活感の無さが物語っていた。
北斎さんも、なぜタコなのだろうと不思議だったけれど、詳しく知るうちに納得がいった。「蛸と海女」という、元祖触手モノとも呼ぶべき春画で勇名を馳せていた縁もあって、資料の中にいわくつきがあったとして、あの姿に落ち着いてもおかしくない経緯があったのだろう。
聞いた話では、「蛸と海女」のタコは吸盤の並びからメスだという話もあり、春画で異種で触手で百合という、本当に時代を先取りしていた偉人だということはようくわかった。
お栄さんも「おんな北斎」と呼ばれるだけの所以を持ち合わせる、数は少ないが傑作を世に残す絵師なのだ。
―が揃いもそろって、こんなに生活能力が皆無だとは…、当時の宿屋や家主の苦労が想像できた。
でも、それは相当の努力の積み重ねを、正しく量をこなし、かつ意味のあるものにしていく、実現する力と引き換えに存在しているのだ。
実際、半開きの引き戸からしばらく眺めていた。
こちらの視線に気づくまで、一心不乱に、筆を走らせる彼女の横顔には、どこか輝いているものがあった。なにより、楽しそうだったのだ。
彼女もまたサーヴァントたりえる品と格を備えた、素敵な人なのだと。
そんな風に見とれていたら、
「うン?誰だァ?
おぅい、ますたあじゃねえか、なんだよ見てねえで入ってくりゃいいのに」
彼女がこちらへ立ち引き戸を自ら開け迎え入れてくれ、第一声を発するまでは、普通に良い話だったのに、この有様である。
「たくなァ、お栄(俺)だってまんざらでもねえから言ってることなんだぜ?しかも最終的にはこの体も二人分(とと様含む)抱けるってことンなったら、一粒で2度おいしいってもんじゃねえか」
そこが一番の問題なんだけどな…
誘惑に持て余すものを抑えることに精いっぱいな少年は、うらめしそうに少女を弱弱しくにらんだ。
「春画の地文とかじゃさあ、はまぐりだのアワビだの、やけに海のものにたとえられるが、そこいらは慣れたもんさ、いつだって授業してやんよ。ハハッ!ここにきて弟子を得るとはなぁ!かるであは読み本より奇なり…魔窟なり。フフ」
どちらが言っているのか、本心なのか照れ隠しなのか、ただそれをわからせまいとしているのは伝わる含みで、少女はいじわるそうに、しかし優しく、微笑んだ。