
Artist's commentary
紫「さあ…再び往きなさい。幻想の大路を。」
僕が小学生くらいのころ、うちの実家は東北の山中なので遊び場といえば専ら山の中だった。特に好きだったのは、誰が置き棄てていったのか、そもそも今思えばどうやって鬱蒼とした広葉樹だらけの山の中に運んだのか、ボロボロの古い廃自動車を秘密基地と称して遊ぶ事だった。子供の曖昧な記憶な上、当時は特に自動車に熱心だったわけでもないため、車種は覚えていない。ただ、丸いライトが四つ、ドアが二枚だったのは覚えている。ブル、あるいはコロナあたりだったのかも知れない。腐りかけのシートに腰掛け、壊れて閉まらなくなったドアを閉めるフリだけして、ハンドルを握り、まだ見ぬ土地を、道を、時速いちおくまんキロで毎日走っていた。今にして思えば、僕が自分が生まれるより遥か昔の自動車やバイクに郷愁の念や憧憬を抱くのはこのような子供の時分の実体験からきているのかも知れない。しかし小学校高学年くらいからはそんな遊びもしなくなったし、秘密基地にも寄り付かなくなった。月日は流れ、大学、就職と6年ほど地元から離れていた隙に、今その場所はいつのまにやら宅地整備され、赤土色のまったいらな土地になって値札がついている。当然、僕の御自慢のスーパーマシンもどこかへ消え去っている。全く僕の記憶とは掛け離れたその土地の風景を見ていると最初からそんな場所も車もなかったんじゃないかと言う気がしてくる。いたずら好きなどこぞの妖しが少しの間だけ遊び場を貸してくれていたのではないか、そして、ドライバーがいくなったスーパーマシンは持ち帰ってしまったのではないかと。現に、もうほとんどその場所の景色は思い出せない。ただそこにそういう場所があったということを文章的に記憶しているのみである。多分、僕のスーパーマシンは今頃、幻想郷の空の下を時速いちおくまんキロで元気に走り回っているのだ。