
Artist's commentary
【ヘタリア】はじめチョロチョロ、なかパッパ【菊と桜】
「──私は電気で炊いた米など絶対に食べません!!」
昭和92年、建.国記念の日。東京タワーに橙色のライトが灯る頃、本田邸では大喧嘩が勃発していた。上司から贈られた、当時まだ高級品の電気炊飯器を使うかどうかについてだ。
この頃、日本はオリ.ンピックを三年後に控え、インフラ整備、サービスや教育の拡充にてんてこ舞いであった。そこへ視察と準備のために諸外国も日本を訪問し、各所で騒ぎを起こす。
ナタリヤは苛立っていた。兄を追って極東の国まで来たは良いが、もぎ取ろうと思っていたドアノブが無いのだ。兄の滞在先の宿は日本家屋だった。
「ドアノブを隠してしまうなんて酷いわ。今すぐこの変てこな扉を開けて頂戴。」
襖を殴る鈍い音が繰り返し廊下に響いた。イヴァンは窓から脱出し、本田邸に緊急避難することを決意した。
同じ頃、アルフレッドは電気ブランですっかり出来上がってしまった友人の弾き語りを仕方なく聴いていた。曲目は"イマジ.ン"。
「付き合わされるほうの気持ちも"想像"してほしいんだぞ……。」
「(でも、この歌いい歌だよね。)」
「いま誰か、何か言ったかい?」
彼はこの後、さらに泥酔して全裸の意識不明になった友人を二人も介抱する羽目になる事など、それこそ想像もしていない。
「──そんな妙ちきりんな釜でうまく炊けっこないでしょう!感電の恐れだってある。やめておきなさい!」
「そんな事を言っても、もうスイッチを入れてしまったわ。」
「仕方ない、ではその米は諦めて、今からかまどで私が炊きます……やや?!ここに仕舞っておいた米がありません!」
「全部この炊飯器の中です。」
「すべて?」
「だって、説明書にお米を一升入れると書いてあったんですもの。」
「嗚呼、なんということでしょう!!」
その時だった、黒電話がけたたましくベルを響かせ、入電を知らせた。
「はいもしもし。あら、こんばんは。えっ?まあ、そうですか。」チン。
「誰です?」
「三丁目の八百屋さんでした。なんでも、外国の皆さんが凄い勢いで、泣いたり包丁を振り回したり、ギターを弾いたり裸になったり、誰だかわからなかったり、白旗を振ったり怒鳴ったり、爆買いした免税店の袋を引きずったりしながらうちの方に向かってきているのを見かけたそうで。」
「これは一悶着ありそうですね。」
「そうだわ、ご飯を一升も炊いてしまいましたから、皆さんがみえたら一緒に夕飯にしましょう。お腹が空いたままではいらいらするでしょうし、丁度おかずも作りすぎてしまったところなの!」
「仕方ありませんね。」
──どんなに心がすれ違っても、どんなに時代が変わっても、一緒に美味しいご飯を食べたなら、きっとまた一緒に前を向ける。はじめチョロチョロ、なかぱっぱ、ジャポニカ米がつなぐ、絆の物語。
夕日に染まる街角の風景を、東京タワーが静かに見守っていた。優しい電灯の明かりと、バンジージャンプを愉しむ観光客を身にまとって。
「ロープが故障して元に戻れなくなっちまったぜ……腹が減ったぜ。」
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本田さんたち、お誕生日おめでとう!(構図は某映画のポスターのパロディです。キャプションは妄想であり、現実のなにとも関係ありません。人選も趣味です。集合絵が苦手なのと遅筆なので描くのに5年かかりました。完成できてうれしいです。)